【函館】箱舘戦争の降伏の地 亀田八幡宮へ行ってきた【北海道の神社】

ども!ちく(@chikuchanko)です。

 

今回紹介するのは亀田八幡宮かめだはちまんぐうです!

こちらの神社は、新選組の土方歳三が亡くなった箱舘戦争の終結を迎え、旧幕府軍が降伏の誓約を行った場所です。

五稜郭から少し歩いた場所にある神社ですよ〜!

 

早速紹介していきます!

 

神社の概要

  • 御祭神:誉田別命ほんだわけのみこと
  • 御利益:健康長寿、厄除など
  • 例大祭日:9月15日
  • 創建:伝1390年
  • 御由緒

創建年は諸説あり、松前藩の記録『福山秘府』によれば「時期不明」とあり、1690年の神社調では「今から100年前くらいからある」となっている。一方、神社の由緒では、1390年、河野加賀守森幸が氣比神宮から八幡神を奉遷したと伝わる。なお北海道神社庁では、奉遷したのは越前国の笠原右源太としている。

コシャマインの戦いの際、武田信広が祈願したところ、七重浜に生えていた柏が軍勢に見えたため、アイヌが降伏したとの伝説がある。その後、1594年に松前藩の祈願所となり、1603年に松前盛広により本殿が建立された。

1847年、松前藩の箱館奉行であった工藤茂五郎により石造の鳥居が奉納される。1862年、社殿を改築。この社殿は1964年に現社殿が建立された際に移設され、現在は神輿殿として使われており、現存する函館最古の建物である。

1869年(明治2年)5月の箱館戦争で戦場となり、社務所が焼かれ神輿殿には弾痕が残る。同年5月17日には、榎本武揚らが近くの民家で新政府軍と降伏交渉を行った後、本神社を訪れ、降伏を誓約した。明治初期には函館八幡宮と「崇敬社」の社号を巡って対立したが、開拓使により街の中心にあり氏子数も多い函館八幡宮が崇敬社と定められる。1876年、郷社に指定された。

 

※Wikipediaより引用

 

実際の様子

鳥居と参道

正面の鳥居はこちら。

ここからまっすぐ進んで行きましょう。

 

参道の真ん中は神様の通り道。

定期的に柵が置かれていて、人がなるべく通らないようになっているが、この神社の参道の特徴ですね!

先ほどの写真ではわかりにくいのですが、大きな石灯籠の先は橋になっています。

橋を渡って先へ進みましょう!

 

手水舎と参道

先ほどの橋を渡ってすぐ左手に手水舎があります。

手水舎までくると、一気に木々が生い茂る自然豊かな境内になります。

白い鳥居の先を進むと、奥に拝殿が見えてきました。

拝殿を目指してまっすぐ進みましょう。

 

箱舘戦争の地と拝殿

拝殿へ続く参道を進んでいると、途中右手にもう一つ拝殿のような建物があります。

手前の石碑に書かれているように、この社の前が、箱館戦争で旧幕府軍が降伏した場所です。

この社にも参拝することが出来ます。

 

参道をまっすぐ進んだ先にある拝殿はこちら。

雨の中でしたが、穏やかな気持ちで参拝させて頂きました。

 

狛犬は拝殿と少し離れた位置にありますが、拝殿へ向かう途中にありますよ〜

どちらかと言うと、箱館戦争終焉の社に近い場所にあります。

 

境内社 函館薬祖神社と亀田稲荷神社

境内社2社を紹介します。

まずは函館薬祖神社。

少彦名神が祀られています。

 

その隣にある亀田稲荷神社。

宇迦之魂神が祀られています。

 

御朱印

今回頂いた御朱印はこちらです。

初穂料はお気持ち。

 

中央に参拝記念と書かれた印、そして右には天皇陛下の即位30年をお祝いする印が押されています。

この天皇陛下のお祝い印は今年しか押されることのない貴重な印です。

 

アクセス

住所 北海道函館市八幡町3-2
電話番号 0138-41-5467
開門時間 24時間
御朱印受付時間 9:00~17:00
駐車場 無料
最寄り駅からのアクセス 市電「五稜郭公園前駅」より 徒歩20分
公式サイト ありません

※北海道神社庁の亀田八幡宮のページはこちら

 

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