【刀剣乱舞の聖地】粟田神社&鍛治神社へ行ってきた【京都の神社】

ども!ちく(@chikuchanko)です。

 

今回紹介するのは粟田神社(あわたじんじゃ)とその境内社鍛冶神社(かじじんじゃ)です!

刀剣乱舞の聖地としても有名な神社です。

粟田神社にはたくさんの神様が祀られていますが、主祭神は素戔嗚尊と大己貴命です。

早速紹介していきたいと思います。

 

神社の概要

  • 御祭神:素戔嗚尊、大己貴命、八大王子命(八嶋士奴美神、五十猛神、大屋彦神、大屋媛神、抓津媛神、須勢理媛神、大歳神、宇迦之御魂神)、奇稲田比賣命、神大市比賣命、佐須良比賣命
  • 御利益:旅行守護、厄除、病魔退散、縁結び、安産、経営守護
  • 例大祭日:10月15日
  • 創建:876年
  • 御由緒

平安時代、清和天皇貞観18年春に神祇官並びに陰陽寮より「この年隣境に兵災ありて、秋には疫病多いに民を悩ます」と天皇に奏上された。そこで直ちに勅が発せられ、全国の諸神に御供えをして国家と民の安全を祈願された。その際、従五位上出羽守藤原興世は勅使として感神院祇園社(今の八坂神社)に七日七晩丹精を込めて祈願された。その満願の夜、興世の枕元に一人の老翁が立ち、「汝すぐ天皇に伝えよ。叡慮を痛められること天に通じたる。我を祀れば、必ず国家と民は安全なり。」と告げられた。興世が「このように云われる神は、如何なる神ですか?」と尋ねると、老翁は「我は大己貴神なり。祇園の東北に清き処あり。其の地は昔、牛頭天王に縁ある地である。其処に我を祀れ。」と言いて消えました。興世は夢とは思わず神意なりと朝廷に奏上し、勅命により直ちにその地に社を建てて御神霊をお祀りした。

 

※Wikipediaより引用

 

実際の様子

まずは粟田神社へ!

平安神宮から歩いて向かいました。

こちらが粟田神社の鳥居。

この鳥居の先にもう一つ鳥居があります。

この鳥居の先が境内です。

鳥居の先は緩やかな坂と階段があります。

この先に社があります。

階段側の端に神馬がいます。

写真のとおり柵があるので実際にこの馬に触ることは出来ません。

 

坂/階段を上りきったところから撮影した写真。

体力のない人は少し息切れするかもしれない距離です。

 

手水舎と拝殿

先ほどの道から進んでいくと、手水舎があります。

この手水舎は近くに人がいると自動で龍の口から水が出るようになっています。

 

こちらが拝殿。社務所が閉まるギリギリの夕方5時くらいに参拝したので暗くなってきていました。

暗い時間は提灯が明るくなっているようです。

こちらの拝殿へ参拝させて頂きました。

 

境内社と神楽殿

拝殿の左奥に境内社があります。

境内社の提灯にも明かりがついていました。

 

手水舎のそばにある神楽殿。

中には来年の干支、犬の像?がたくさんありました。

真ん中はフランダースの犬かな?

 

鍛冶神社へ!

この神社で頂ける御朱印は粟田神社のものともう一つ、境内社の鍛冶神社のものがあります。

と言うわけでこちらの鍛冶神社にも参拝させて頂きました。

御祭神は、天目一箇神、三条小鍛冶宗近、粟田口藤四郎吉光の3人です。

刃物、鍛冶及び勝運、開運の社として有名です。

 

この神社は、粟田神社の境内へ続く坂/階段を上る左手前の駐車場付近にあります。

正面の鳥居の写真。

こちらが社です。

こちらへ参拝させて頂きました。

 

粟田神社を参拝後、鍛冶神社へ行きました。

鍛冶神社の後にしようとしたら最初に見た場所はもう真っ暗でした。

夕方5時過ぎでここで暗くなるとは…日がすっかり短くなりましたね(※参拝したのは11月中旬です)

 

御朱印

こちらでは粟田神社と鍛冶神社の2種類の御朱印を頂くことが出来ます。初穂料は各300円です。

2016年1月に頂いた御朱印

はじめての参拝で頂いた御朱印2種類です。

右が粟田神社の御朱印、左が鍛冶神社の御朱印です。

 

2017年11月に頂いた御朱印

2度目の参拝で頂いた御朱印。

「京 粟田口」の文字が立派ですねぇ。

 

御朱印は社務所で頂くことが出来ます。

社務所の奥には刀剣乱舞のグッズがたくさんあり、神社の方と審神者のつながりを感じました。

 

アクセス

住所 京都府京都市東山区粟田口鍛冶町1
電話番号 075-551-3154
開門時間 9:00~17:00
御朱印受付時間 9:00~17:00
駐車場 無料
最寄り駅からのアクセス 京都市営地下鉄 東西線「東山駅」より 徒歩7分
東西線「蹴上駅」より 徒歩7分
公式サイト こちら


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